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戦前絵葉書の年代判別



年代別ハガキの宛名面構成

ハガキ印刷年代別判別ポイント

印刷時期
自:明治33年(1900年)
至:明治39年(1906年)
きかは便郵(左←右)濁点無
仕切り線が無い。
宛名面へ住所や名前以外は禁じられていた。
印刷時期
自:明治40年(1907年)
至:大正6年(1917年)
きかは便郵(左←右)濁点無
3分の1仕切り線。
宛名面の3分の1に通信文を書く事ができた。
印刷時期
自:大正7年(1918年)
至:昭和7年(1932年)
きかは便郵(左←右)濁点無
2分の1仕切り線
宛名面の2分の1に通信文を書く事ができた。
印刷時期
自:昭和8年(1933年)
至:昭和19年(1944年)
きがは便郵(左←右)濁点有
2分の1仕切り線
宛名面の2分の1に通信文を書く事ができた。
印刷時期
自:昭和21年(1946年)
至:現在
郵便はがき(左→右)濁点無
2分の1仕切り線。
宛名面の2分の1に通信文を書く事ができた。
現在の宛名面規定は、欄外に説明

現在の郵便ハガキの宛名面ルール

平成30年現在は、郵便葉書の下部2分の1(横に長く使用するものにあっては、左側部2分の1)以内の部分に記載
内国郵便約款第23条第1項第4号(日本郵便株式会社)
あて名及び受取人の住所又は居所の郵便番号と明確に判別できるように記載する場合にあっては、この限りでありません
内国郵便約款第23条第1項第4号(日本郵便株式会社)

戦前絵葉書

明治33年(1900年)郵便法の制定で「私製葉書」が許可され、絵葉書のやりとりが広がったようです。
明治37年(1904年)から明治39年(1906年)に日露戦争<1904年(明治37年)2月8日 – 1905年(明治38年)9月5日)>の慰問(軍事郵便)に使われたり、日露戦争の勝利による凱旋時期とかさなり逓信省が発行した「戦役記念絵葉書」を購入するために郵便局に群衆が大挙して押し寄せるほど絵葉書の人気は沸騰していったようです。
明治37年(1904年)4月に絵葉書・出版の団体「日本葉書会」ができました。日本葉書会は、絵葉書に関する雑誌や多くの絵葉書を発行して人気をよびました。
総合出版社「博文館」の印刷工場「博進社」の敷地の一角に設立されています。
博文館は、出版取次の「東京堂(トーハンの前身)」・印刷の「博進社工場(共同印刷の前身)」・用紙の「博進堂(新生紙パルプ商事の前身)」・広告の「内外通信社(博報堂の前身)」など関連事業を組織化しました。
日本葉書会の絵葉書・出版は博文館印刷工場では応えきれない量になったところ、明治37年(1904年)末に印刷工場の一部が火災に見舞われます。この火災を機に博文館の印刷部門は設備の拡充をはかり、自社で広範な印刷が可能な体制を築いていきました。
明治39年(1906年)日本葉書会は印刷工場精美堂を併設し、博文館系列の印刷工場が専門としない石販印刷を中心とした美術印刷を手がけはじめました。
精美堂印刷は、活版・写真販・コロタイプ・木版彩色販・凸版など多様な印刷を行い、特に多色刷りに意欲的だったようです。
当時絵葉書は、版元により1,000部〜3,000部印刷されたようですが「日本葉書会」は5,000部印刷していたそうです。
1シリーズの多くは6枚組(1枚物から組み合わせは多種多様)で1組が15銭〜20銭という値段で販売されていました。東京銀座・木村屋総本店の「あんぱん」は、明治38年に1個1銭だったので現在の価格で約200円として換算すると、絵葉書1セット18銭とすれば1セット3,600円(@600円)となります。今で例えるなら写真集のような価格帯で、今の絵葉書に比べ高価な商品と思えます。
水彩絵葉書では「尚友館」「京都石敢堂」「便利堂」「松聲堂」「徳田」「三星堂」「日本葉書会」などが盛んに制作し販売しました。
日本葉書会の絵葉書は、主に美術絵葉書が多く見られますが、戦前絵葉書は、各地方に版元が次々と生まれ観光地を中心に販売されました。現在、流通している戦前絵葉書はほとんどがこの地方版元の絵葉書です。
管理人の地元でも数軒の版元が絵葉書を制作販売していたようです。その中の1軒「集景堂」は現在でも画材や額縁の店として市の中心部で営業しています。以前、社長に戦前絵葉書のことを聞いたところ、火災にあい消失してしまったとのことでした。
★1参考

戦前絵葉書の印刷方法

はがきの印刷の種類(郵便はかき、仕切り線など)である程度は年代が判別できます。以前、復刻版絵葉書として戦前絵葉書を複製したものが復刻版として書店などで販売されました。
以下では、印刷の方法で判別する方法をご紹介します。

活版印刷

凸版印刷の一種で、金属や木に文字を彫り込み判子状にした活字を並べて文章にした活版、組版を作り、塗料を塗って印刷する方法。

石版印刷

石版石を版材とした平版印刷。研磨した石面に墨やクレヨンで直接文字や絵をかくか、転写紙にかいたものを転写して製版し、水と油の反発性を応用して印刷する方法。★3

写真販

凸版印刷での写真を再現する場合に用いられる。写真を網点の大小に置き換えて濃淡を表す。★4

コロタイプ

ガラス板に感光液を塗布して写真ネガを密着して露光すると、硬化して水をはじくようになる。版面を湿らせると水を受けつける部分が膨張してインクがつかなくなるため、硬化した部分にだけインクが付着する。インク付着量の大小によって連続階調が表現され、オフセット印刷のような網点を持たないことを特徴とする。★5

凸版

インキのつく画線部を突起させ,非画線部をくぼませた印刷版の方法。原稿の濃淡は網点や線の大小で表現。★6

木版彩色

木版画と同様の方法。★7

建物や服装、車や鉄道などから推察

現在の街の風景が変わるように、同じことが戦前絵葉書の風景にも言えます。
例えば、写っている百貨店の階数で分かる場合もある。社史などで確認すると明治何年に何階建てに増築などと記載されており該当する年よりも前か後かがわかります。

映画や広告看板からは、より推測ができきます。映画のタイトルで封切り年月日が、広告の商品も推測可能となります。

店舗が写っていれば、現在も営業している店であれば、看板のロゴの変化で推測することも可能ですし、何年に閉店したとか、移転したとかでも推察できます。
郵便ポストの形、残念なことに奥は白黒写真であるために赤いポストかどうかまではわかりませんが、車の車種や、鉄道、船など様々な角度から発行年を推察することが可能となります。

確定できる年代として一番確実性のある要素は、記念スタンプに日付が入っている場合です。
また、使用された絵葉書(エンタイヤ★2)であれば、切手の種類や消印で判明します。


★1──向後恵理子「日本葉書会──日露戦争期における絵葉書ブームと水彩画ブームをめぐって」(『早稲田大学教育学部学術研究(複合文化学編)』第58号、2010年2月)
近代画説第26号 近代の欧米における日本美術展 (明治美術学会年会誌)絵葉書ブームにおける版元–一九〇〇年代の視覚メディアをめぐって
逓信省発行日露戦役紀念絵葉書―その実相と意義―
絵葉書の版元と意匠/大正・昭和の乙女絵葉書
日露戦争と絵葉書
特集 絵葉書国人物誌[大正編]


論文:戦時下における軍事郵便の社会的機能―メディアおよびイメージの視点からの考察―
後藤 康行
郵政資料館 研究紀要 第2号 (2011年3月)


★2エンタイヤとは、封書や葉書に切手が貼ったままの状態。つまり使用済みということです。
ちなみに、オークションなどでNH(ノーヒンジ)、ヒンジ無しと言う記載があった場合は、ヒンジ跡が無いと言う意味で、長文になるのでここを見てください。

Posted by KOREZO