「【鹿児島】西郷南洲翁木像:上野駅銅像の原型絵葉書」は2019年06月28日に更新しました。

【鹿児島】西郷南洲翁木像:上野駅銅像の原型絵葉書

0107-西郷南洲翁木像

上野 西郷さんの銅像

東京上野の西郷さんの銅像は、高村光雲が造った木彫が原型であるが、写真が西郷さんの銅像の原寸大の木像である。南洲神社の鳥居脇に立っていたが、
昭和20年7月31日に戦災で焼けて現存していない。
上野での完成披露の際に、日本で初めて除幕式と言う言葉が使われたようである。
高村光雲の子息の高村光太郎が、回想録で以下のように語っている。

西郷さんの像の方は学校の庭の運動場の所に小屋を拵え、木型を多勢で作った。私は小学校の往還(いきかえ)りに彼処を通るので、始終立寄って見ていた。あの像は、南洲(=西郷隆盛)を知っているという顕官が沢山いるので、いろんな人が見に来て皆自分が接した南洲の風貌を主張したらしい。伊藤(博文)さんなどは陸軍大将の服装がいいと言ったが、海軍大臣をしていた樺山(資紀)さんは、鹿児島に帰って狩をしているところがいい、南洲の真骨頂はそういう所にあるという意見を頑張って曲げないので結局そこに落ちついた

鹿児島 浄光明寺

弘安7年(1284年)、島津家初代惟宗 しま忠久の十三回忌に際して建立と伝わる。薩摩でもっとも古い時宗の寺。薩英戦争時、イギリス軍によって隣接する不断光院とともに砲撃を受け焼失。再建されたが、明治初年の廃仏毀釈で廃寺。跡地は西南戦争後に南洲墓地・南洲公園となり、その一角に明治16(1883)年に再興された。

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