「【鹿児島】弾痕と舊鶴丸城跡 現今第七高等学校:鹿児島城の絵葉書」は2019年06月28日に更新しました。

【鹿児島】弾痕と舊鶴丸城跡 現今第七高等学校:鹿児島城の絵葉書

0017-弾痕と舊鶴丸城跡現今第七高等学校

鶴丸城と第七高等学校造士館

薩摩8代藩主・島津重豪が安永2年(1773年)、鹿児島城二ノ丸御門前の約3400坪の敷地に、儒教の聖堂である「宣成殿」、講堂・学寮・文庫などを建設した。これが「造士館」の始まりである。
第七高等学校は、現在の鹿児島大学の前身である。
明治34年(1901年)官立旧制高等学校として鹿児島市に開校した。
絵葉書に写る石垣には西南戦争の砲弾跡が残る。

明治34年以降の絵葉書である。

wikipedia
鹿児島の学問の中心が、城山地区に集中していることや明治、大正と教育制度が短期間に度々変わることで、1874年(明治7年)に西郷隆盛が開校した私学校と混同する方もいるが、歴史としては以下の順に設立されている。
安永2年(1773年)・・・造士館
明治7年(1874年)・・・私学校
明治34年(1901年)・・・第七高等学校造士館
昭和24年(1949年)・・・鹿児島大学

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鶴丸城と第七高等学校造士館

藩校 造士館の授業

造士館の一日は、朝食前に郷里を同じくする仲間・友の郷党朋友が集い書を講じる事から始まり、帰宅後に身支度を整えて午前10時頃より造士館にて句読を習い、講義を聴いた。
造士館は、いくつもの区画に分かれて授業を行っていた。生徒は藩士の子弟が400人ほど。1人の教師が素読をし、他の教師が講義を行なっていた。
昼の2時頃には帰宅し、再び郷里を同じくする仲間・友の郷党朋友が集い復習をする。郷里を同じくする仲間・友である青少年が集まり集団学習をする郷中教育が行われた。
照国通り側に講堂、西本願寺鹿児島別院側に学寮、照国神社側に宣成殿(聖堂)があり、裏手に演武館があった。
現在では、鹿児島県庁も移転し、藩校の跡は中央公園になっている。
藩校である造士館は、現在の中央公園を中心に。旧制第七高等学校造士館は鹿児島城跡、現在の黎明館や県立図書館。私学校は現在の鹿児島医療センターを中心に構成されていた。それぞれ、記念碑が建っている。

現在の風景

デジタル彩色

 デジタル手彩色の絵葉書はこちら

弾痕と舊鶴丸城跡 現今第七高等学校

弾痕と舊鶴丸城跡 現今第七高等学校

モノクロの絵葉書にデジタル彩色した。着物姿の学生が写っている。

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